思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

うり坊の甘噛み

田舎のとある飯屋の軒先に、一匹のうり坊が頑丈な一本の赤い綱で繋がれているのを見た。そういえばどうしてうり坊はうり坊と呼ぶのだろうかとぼんやりと、そういえばうり坊のうりとはなんなのだろうかとまたぼんやりと考えながらじっとうり坊を見ていると、うり坊の茶色で栗色な毛並みがまさにうり坊がうりと呼ばれる所以のように感じられてきて、やはりうり坊にはうり坊という名が最適なのだと思えてきた。そうしてうり坊という言葉を頭の中で繰り返し繰り返し響かせていると、今度はいや待て果たして今目の前にいるこのうり坊らしきものが本当にうり坊なのだろうかと自信がなくなってくると同時に、少しばかり体が宙に浮いたような、うり坊という言葉の先に少し足を踏み入れたような、何かしらの浮遊感やら透明感やらを感じて心地よくなった。しかし自分の後ろを通り過ぎる車の音で地に足が着き、再び目の前のうり坊らしきものがまさにうり坊そのものとして私に迫ってくるのだった。さてうり坊はどうしてここにいるのだろうか、ペットショップでお目にかかれるものなのだろうかと考え、あたりを見回してもうり坊の出現が期待できそうな山林やペットショップも見当たらず、いよいよこのうり坊がどこから来たのかわからなくなった。しかしそんなことよりせっかく生のうり坊に出会ったのだからうり坊の突進を全身で受けるのも悪くないと思い近づいてみると、うり坊は突進するというよりは犬に近い風に鼻を動かしながら私の足にのびのびと近づいてきた。鼻の動きで犬と違う点は、犬はクンクンと形容するのがよさそうなところを、うり坊はグヒグヒという具合に言ってやるのがよさそうなところである。しかもその近づき方がのびのびした様子だと思ったのは、人間に大変慣れているようであったし、晴天の秋空の下でうり坊も気分が良さそうであり、また私自身も気分がよくのびのびとしていたからである。そんな風にしてお互いにのびのび近づいてみると、まずうり坊は鼻をグヒグヒさせながら私のズボンに吸い付くようにしてその匂いを嗅ぎ始めた。うり坊がその少し湿った平らで大きな鼻をグヒグヒズボンに押し込んでひとしきり嗅ぎ終わると、うり坊は今度は私の靴に向かってグヒグヒと鼻を持っていった。なるほどズボンの時と同じようにまた靴をグヒグヒやるんだろうと思って私が見ていると、今度はカリカリと私の右足の靴の先端を噛み始めた。しまったうり坊は肉食かと驚いた私が右足を引っ込めたところ、今度は左足の靴をカリカリやり始めた。またもやしまったうり坊は肉食かと先ほどと同じような驚き方をして左足も引っ込めたところ、うり坊の体に繋がれた綱の長さが限界に達したらしく、うり坊はもう私の靴をカリカリできなくなった。それは少しかわいそうな気がしたので、ほれカリカリしなさいという思いで右足を差し出すと、またもやうり坊は右足の靴をカリカリやり始めた。しかし全然痛くなかったので、それなら左足もどうぞと差し出したところ、続いてうり坊は左足もカリカリした。なるほどそれならこれはどうですかと右手を差し出したところ、うり坊は私の右手をその奥歯をふんだんに使いながらカミカミし始めた。これも全然痛くなかったので、私はその時、そうかこれはうり坊の甘噛みだと思った。うり坊の甘噛みによって私の右手はうり坊のよだれまみれになったが、どうせならもう片方もお願いしようと思い今度は左手も差し出してうり坊にカミカミしてもらった。そうして両手がよだれまみれになったところでそろそろ失礼しようと思い私が立ち上がると、うり坊はまたどうぞという風にそんなに寂しくない様子であったので、じゃあ私もまた来るから寂しくないぞと思いながら最後にもう一度ということで右足と左足をカリカリしてもらい、右手と左手をカミカミしてもらってからうり坊に別れを告げた。