老師との対話「政治家と裏金」④(終)
若者「こんにちは、老師さま。さあ、話の続きをお願いします。」
老師「僕もそろそろこの話を終えたいと思っているよ。さて、例の通り昨日の話を思い出させてくれたまえ。」
若者「はい。国民を益するために高級料亭が必要であるならば、政治家がそのような場所で雑談をしようと仕方のないことではないか、というところで終わりました。」
老師「ありがとう。話を進めるために、とりあえずは納得してくれたまえ。」
若者「やってみます。」
老師「ところで話は戻るが、君の奥さんが昼間に美味しいランチを食べていたとして、君はそのことをあえて知りたいと思うかね?」
若者「できれば知りたくないことですね。知らなければ、そもそもなかったことのように思えますし。」
老師「知ってしまうからこそ、文句を言いたくなるのではないかね?たとえ奥さんがしっかりと家事を果たしていて、君にそんな文句を言う権利がなかったとしても?」
若者「そうだと思います。それが人情でしょう。」
老師「では政治家が高級料亭に行く件に関しても、同じことが言えるのではないだろうか?知ってしまうから、君はその政治家を批判したくなるのではないかね?」
若者「知ってしまった以上、そう思うのが自然でしょう。」
老師「そのように明るみに出るときに、やれ税金の無駄遣いだの、裏金だのと騒がれることになるわけだね?」
若者「それ以外にどう批判すればよいのでしょう。」
老師「さて、先日までの話で、政治家が高級料亭に行くことは、政治のために仕方のないことだということに決まったのだったね?」
若者「気は進みませんでしたが、ひとまず納得しました。」
老師「そうであるならば、本来その政治家は批判される謂れはないわけだ。なぜなら、国民を益する政治のために行っていることだからね。」
若者「まあそういうことになるかもしれません。」
老師「君は、女がろくに化粧もせずに平気で人前に出てくることを望むかね?」
若者「それはやめてほしいですね。妻も家ではすっぴんですが、外に出る時はちゃんと化粧をしてもらわないとみっともないですよ。」
老師「いつもは美人と呼ばれている女も、すっぴんだったり化粧が中途半端だったりして、実際はそれほどでもない顔だとわかったとき、君はどう思うね?」
若者「まあがっかりしますね。男ならみんなそうでしょう。」
老師「ちょうど政治家が税金の無駄遣いとか裏金だとか言われるときも、そのようなものなのだ。腕のある政治家ならば、化粧のうまい女のように、見事にその事実を隠し切ってしまうのだ。高級料亭に行ったり、金を渡して交渉したり、その他諸々の裏の事実をね。」
若者「ではそのように批判される政治家は、腕のない政治家だったということになるのでしょうか?」
老師「そういうことになるね。関係者をうまく丸め込めなかった場合に、事実が世に明るみに出てしまい、結果として批判の対象となるのだ。中途半端な女の化粧のようにね。この丸め込みには、もちろん金が必要になるよ。明るみになれば批判される、裏金と呼ばれるものが大量にね。」
若者「僕は政治というものに失望しました。ここに正義はないのですね。どんなに綺麗ごとを吐いている政治家でも、裏ではそんなことをしているんですから。」
老師「しかし君には彼らを批判する資格はないということに、これまでの話で結論が出たはずだよ。なぜなら君は政治家に政治のことを任せており、彼らによって行われる全てのことは国民を益するためのものなのだからね。」
若者「それですよ、僕がずっと納得できなかったのは!老師さまは政治家が必ず国民を益する政治を行えている前提で話をされてきましたが、そんなことはありえないはずです!これまでボンクラ政治家のおかげで、僕たちには色々と迷惑がかかっているんですからね!税金の増額だって、あんなもの最低ですよ!国民を益するなんて、そんなことありえませんよ!」
老師「しかし政治の知識に乏しい君には、その政策の是非についても、正しく判断できないはずではなかったかね?たとえ君にとって最低の政策でも、他の誰かにとっては最高の政策かもしれないのだ。」
若者「それはあるかもしれませんが、今の僕にはまだそこまで考えられません。」
老師「君はまだまだ若い。いつか私の言うことが理解できる日が来るかもしれないね。そして、私が考えていることなんか子供の戯言だと言えるような、本当の君自身の素晴らしい思想というものが生まれると、私は信じているよ。」
若者「そんな大それたことは無理ですよ。でも、少し自分一人で考えさせてください。」
老師「しばらく会わないほうがいいね。」
若者「はい。ところで老師さま、今日までの会話の中で、僕がどれだけ自分を強引に納得させて、話を進めていたか、ご理解いただけていましたか?老師さまの話には色々と突っ込みたいところが山ほどあったのですが、話を遮ってしまうのもよくないと思い、解消せずにそのままにしたことが沢山あったのですよ。」
老師「もちろん気づいていたよ。年寄りを労わってくれる、君の優しさにはね。ありがとう。こんなじじいの独りよがりな話に耳を傾けてくれて。」
若者「何をおっしゃいます、老師さま。本当に楽しい時間を、ありがとうございました。是非またお話を聞かせてくださいね。そろそろ帰らないと、妻が心配しますので。それではさようなら!」
老師「奥さんによろしく。またどこかで会おう。」