思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

強風と少年

とても風の強い日のことです。ある心優しい少年が一人で街を歩いていました。

歩道の脇には、強風に倒された自転車が沢山地べたに寝そべっていました。周りには沢山の人が歩いていたのですが、誰一人として自転車を起こそうとはしません。少年は不思議に思いました。学校の先生が、「困っている人がいたら、通り過ぎたりせずに優しく手を差し伸べましょう」と言っていたことを思い出したからです。きっと目の前で倒れている自転車達も、持ち主の人が見たら悲しい気持ちになるに違いありません。

少年は一人で、倒れている10台ほどの自転車を起こしてあげました。いつも自分が乗っている子供用の自転車の倍近くある大きさでしたので、少年は疲れて一汗かいてしまいました。それでも、立ち上がった自転車達がどこか誇らしげで嬉しそうに見えたので、少年も嬉しくなりました。少年は安心して、遊ぶ約束をしていた友達の家へと歩いていきました。

友達と遊び終わって夕方ごろ、少年は昼間に歩いていた歩道をまた歩いて家に帰っていました。見ると、昼間に自分が起こしてあげた自転車達が、またもや元の通りに地べたに倒れているではありませんか。周りを見回しても、自転車達を起こしてあげようとする人はいません。少年はまた一人で、倒れている10台ほどの自転車を起こしてあげました。さすがに1日に何度も重労働をするのは、少年の小さな体には応えましたが、自分にできることを精一杯できたと思い、また嬉しくなりました。自転車達も嬉しそうに見えましたが、ハンドルの端の部分や、前かごの角がすり減ってしまっているのを見て、少年はかわいそうに思いました。

翌日もまた風の強い日でした。少年は一人で昨日と同じ歩道を歩いていました。するとどうでしょう、昨日二度も起こしてあげた自転車達が、またも地べたに倒れ伏しているではありませんか。昨日と同じように、自転車を起こしてあげようとする人は周りにいません。少年は一人で、10台ほどの自転車達を起こしてあげました。立ち上がった自転車達を見ても、もうあまり嬉しそうには見えませんでした。ハンドルは端が擦り切れてボロボロになり、形も少し歪んでいました。前かごの角もボロボロで、カゴ全体がへしゃげていびつな形になっていました。少年は自転車達に向かって、「ごめんね」と言いながら、今度は一台一台をそっと優しく地べたに倒していきました。自転車達が何だか安らいだように寝そべっているのを見て、少年は安心して家に帰りました。

 

翌日、少年の通う学校で、道徳の授業がありました。先生がみんなに向かって、「目の前でおばあさんがつまづいて転んでしまったら、みんなならどうしますか?」と尋ねました。すると、少年を除くクラスのみんなは勢いよく手を挙げました。そのうちの一人の女子が、「駆け寄って起こしてあげます!」と言いました。他の席からは、「僕も!」とか、「私も!」という声が聞こえてきました。先生が、「じゃあおばあさんのところに駆け寄って、ちゃんと起こしてあげる人、手を挙げて!」と言うと、みんなは「はーい!」と言って、元気よく手を挙げました。しかしただ一人、少年は手を挙げませんでした。

「かずきくんは、おばあさんを起こしてあげないの?」と先生がたずねました。少年は次のように答えました。「おばあさんがまたつまづいて転んでしまうといけないので、僕は起こしてあげない方がいいと思います。」先生は、「じゃあかずきくんは、おばあさんをそのままにしておくの?」と尋ねました。少年は「はい。」と答えました。クラスのみんなは、「そんなのひどいよお」とか、「かずきって冷たい」と言って騒ぎ始めました。先生は、「かずきくん、ちょっと後でまたお話しようね。」と言い、みんなを静かにさせ、次の話題に移りました。少年は、何が何やらわからなくなりました。少年は、「きっとクラスのみんなも先生も、倒れた自転車を起こしてあげたことがないんだ。」と思いました。