思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

品定め

スーパーの惣菜売り場で、とある主婦が商品を手に取り、夕食をどうするか考えていた。

彼女が気になったのは、一本の巻き寿司であった。透明のプラスチック容器に入れられた巻き寿司は、外見からその全貌を目で見て確認することができた。彼女は巻き寿司を手に取ると、まずこれを上から凝視した後、裏返し、下からも凝視した。その後、巻き寿司を360度ゆっくり回転させ、全体を舐め回すように凝視していった。このようにして巻き寿司の外面を覆う海苔に不具合がないことを確認すると、今度は巻き寿司の輪切り部分の確認作業に移った。巻き寿司を90度回転させ、輪切り部分が目に入るようにセットした。2秒ほど凝視したかと思うと、これを180度回転させ、反対側の輪切り部分も凝視し始めた。これを1秒凝視すると、またも巻き寿司を180度回転させ、先程みた輪切り部分をもう一度凝視し始めた。1秒弱ほどの時間見つめた後、彼女はそれを元の正位置に戻すこともせず、となりのいなり寿司のコーナーに紛れて斜めになるように、手からやや放るようにして置いた。そして今度は他の巻き寿司について、先のものと同じ作業を繰り返した。異なる点といえば、輪切り部分の確認作業が1セット多くなったくらいである。しかし彼女はこの巻き寿司が気に入ったらしく、確認作業が終わると、それを右手に持つ買い物かごの中に放った。放ったと言っても、先程いなり寿司の群れに放たれた巻き寿司よりは幾分優しく、丁重に扱われてはいた。

ようやく選別を終えた彼女は、巻き寿司のコーナーから離れた。そのままレジに向かうと思われたが、あれほど丁重に扱った巻き寿司たちのことが気になったのか、彼女は後ろを振り返り、巻き寿司コーナーに視線を移した。そこには別の主婦、おそらく彼女と同年代と思われる、子育てを終えて夫婦だけの生活になった頃であろう主婦がおり、巻き寿司の選別を行なっているところであった。この主婦は、先程哀れにもいなり寿司コーナーに放たれた巻き寿司を左手に、彼の故郷となる巻き寿司コーナーからその同胞を右手に取り、両者を交互に調べ始めた。その方法は、先の主婦とは異なっていた。彼女は腕を90度に曲げ、両者を水平に並ぶように手に持ち、あたかも自分が一時天秤に成り代わったかのように、交互に上下させ始めた。透明のプラスチック容器には、確かに値段とともに重さも書かれており、両者の重さは同じであることが示されていた。しかしこの主婦、これまで幾多の惣菜を己が天秤により選別してきたであろうこの主婦には、字面で表記された重さなど、赤の他人の名前ほどにどうでもいいことのようであった。見たところ、先ほどまで右手で買い物かごを持っていたこの主婦は、おそらく右利きであろう。しかし彼女が選んだのは、きっと利き腕の右腕よりは幾らか筋力で劣るであろう左腕で量った巻き寿司の方であった。それは、先の主婦がいなり寿司コーナーに、選別の果てに放った巻き寿司であった。彼女は左手でそれを自らの買い物かごに放り込み、向こうの揚げ物コーナーへと歩いていった。

これを見た先の主婦は、急いで巻き寿司コーナーに戻り、残りの巻き寿司たちと、先程自分が獲得した巻き寿司とを比べる作業に入った。陳列された巻き寿司たちを、先程と同じ工程で選別し始めた。まず全体を覆う海苔の具合。そして輪切り部分の具のボリューム感。この作業を、10本ほどの巻き寿司たちのために行った。そのスピードは素早く、先の2倍ほどの早さであった。すべての巻き寿司を手慣れた作業により確認すると、その中で彼女の気に入りそうなものは5本残された。彼女は、先ほど買い物かごに入れた巻き寿司第一号を右手に取り、他の巻き寿司を一本左手に持った。すると、自らが天秤の生まれ変わりであるかのように、腕を90度に曲げ、いや、まだ慣れないので70度ほど鋭角に曲げ、両者を交互に上下させ始めた。この天秤への生まれ変わりを、巻き寿司たち5本のために、一本毎に行った。買い物かごの持ち方からして、彼女は見るからに右利きであった。そして彼女が最終的に選んだのは、左手で量った5本目の巻き寿司だった。どうやら5本目にもなると、彼女の左腕も疲れを感じているようではあったが、それによりこの巻き寿司は勝利を勝ち得たのである。

彼女は満足気に、先程買い物かごに入れていた巻き寿司第一号を、いなり寿司コーナーに放り、いや今度こそは間違いなく放っていたのだが、軽い足取りでその場を後にした。