思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

おばあちゃんと自転車

ある日、70代か80代かのおばあちゃんが、その年齢の女性が出し得る最高速と言ってもいいほどのスピードで、交差点に向けて自転車を走らせていた。東西を走る道路側の信号が点滅しており、おばあちゃんが到着した頃にはもう完全に赤になってしまった。しかもその時、一台の軽自動車がおばあちゃんの目の前をかすめるようにして曲がっていった。おばあちゃんはこの危なげな出来事について、「え〜〜〜」と言うだけだった。世間の多くの人に見られる傾向として、車なり自転車なり歩行者なりが、自分のすぐ前を横切ったり接触しそうになった後には、たとえ自分の方に非がある場合、例えば自分が信号無視をして道路を横切ろうとした時に車が目の前をかすめた場合でも、その相手の方を軽蔑するようにして一瞥するものであるが、このおばあちゃんに関してはそのような様子は全く見られなかった。おばあちゃんは先の軽自動車を一切見るようなことはせず、まるで、自然の風が自分の前を横切っていっただけだ、と考えているようだった。

南北を走る道路側の信号が青になった。私が青信号の灯る対岸に向けて歩き出した時、私の隣にいたおばあちゃんは、顔を上げて「よいしょっ!!!」と大きな掛け声をあげ、自転車を立ちゴキして対岸へと走り始めた。その「よいしょっ!!!」は、まるで小さな子どもがほぼ新品の自転車にまたがり、補助輪なしで走ることにようやく慣れ始めた頃に意気揚々と出すような、純粋な元気と希望に満ち溢れた声だった。おばあちゃんはすぐに私を追い越し、自身の最高速に向けてペダルを漕ぎながら遠くへ行ってしまった。

おばあちゃんが見えなくなってからも、私はしばらく嬉しい笑みを口元に浮かべていた。そして今度自転車に乗る時は、もっと楽しい気持ちで漕ぎ出そうと思いながら、家路をゆっくりと歩いた。