思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

鳩の拾い食い

夏に向けて日に日にその力を蓄えつつある太陽が、一切の雲を寄せ付けずカラリと輝いていた。街のアスファルトには、晴れ晴れとした陽気な休日を存分に楽しもうと外へ出てきた人々の影が、あちらこちらに行ったり来たり、伸びたり縮んだりしていた。主人と寄り添い歩く犬も澄み渡った空気を存分に味わいたいのか、その鼻をあちこちに向けては主人にぐいぐい引っ張られていた。友人や家族との談笑を楽しむ人々の笑い声がまわりの店先から聞こえていた。

そんな日に、一匹の鳩が街路をトボトボ歩いていた。見たところ仲間はいないようであった。この国では信号を見るのと同じ位の頻度でお目にかかるその姿は、いつもと同じく見慣れた灰色で、こじんまりとした体つきで、時々見かける希少な真っ白の羽でもなく、どこでも見かけることのできる平凡な鳩そのものだった。誰もが陽気な空に顔を向けていて、足元にいるこの鳩に目を向ける者はいなかった。

鳩の歩く先に、一切れのパンの耳が落ちていた。街では時々、「いつ誰がどのようにそれを置いたのだろうか」と、見る者の想像力をかき立ててくれる代物が堂々と落ちているものである。パンをかじりながら駅に向かって走るサラリーマンが、ふっと大きく酸素を取り入れようとして口からポロリと落としてしまったのだろうか。それとも近所の動物好きのおじいさんかおばあさんが野良猫のためにと思って、実は毎朝自分の食べ残しを路上に置いておくのだろうか。

そんな不思議なパンの耳の端を、鳩は無言で口に咥えたかと思うと、太陽輝く空に向かってぶるんと振り上げた。振り上げの遠心力によって、パンの耳はその端の部分だけがちぎられて鳩の口に残り、他の部分は路上にドサリと落下した。鳩はちぎれたパンの耳を口の中で数回噛み締めて味わった後、先ほど自分が地面に叩きつけたパンの耳のことなど忘れてしまったかのようにトボトボと辺りを歩き始めた。すると、さも初めてこのパンの耳を見つけた者のように素知らぬ顔でそれに近づき、先ほどと同様、口に咥えて空に振り上げ、路上に叩きつけ、口に残った端の部分を味わい始めた。クルリと見開かれたその目からは、自分は何も変なことはしていないんですよ、との申し開きの声が聞こえてくるようだった。この一連の動作、先ほどから観察している者からすれば白々しいほどに見え透いたお芝居が、その後も何度も繰り返された。

鳩の観察にも飽きてその場を立ち去ろうと思い、横断歩道を渡って向かいの街路から見納めのために鳩を振り返った。見ると、太陽の下で明るく談笑する家族連れや友達連れが、足元で繰り広げられる鳩の一人芝居には見向きもせずに歩いていく姿があった。鳩はそれでも相変わらず、パンの耳を太陽に向かって振り上げていた。