思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

昔話 井戸を掘る男

「おばあちゃん、何かお話して。」

 

こっちへおいで。昔話を聞かせてあげようね。

昔あるところに、二つの井戸を持つ村があったんだ。
どちらの井戸も村長さんのものでね、それぞれが二人の息子達に一つずつ管理されていたんだ。 
兄も弟も村人達に慕われて、どちらが次の村長になるかと皆が話題にしていたもんさ。

兄の方は熱血漢で気配りができてね、誰とでもすぐ打ち解けられる明るい性格が皆の人気だった。まさに男の中の男という感じだったんだね。
弟は兄と比べると大人しくて引っ込み思案でね、人前にはあまり出たがらなかった。けれど誰にも見られていないところで村人のために働いていてね、その誠実さが皆を惹きつけたんだ。

 

村にはとびきり美しい娘がいてね。嫁に行くなら二人の息子のうち、村長になった方だろうと、誰もが噂していたんだ。
実は娘はその弟の方と仲が良くてね、誰にも内緒で夜にひっそり抜け出して、夜空を見ながら二人で将来のことを語り合ったりしていたんだよ。

 

ある日、村にある二つの井戸がどちらもすっかり枯れてしまった。
みんな大騒ぎさ。
兄の方はこうしちゃおれんということで、すぐ村を駆け出して、周りの村に水を分けてもらいに行った。みんなで協力して、なんとか急場を凌ごうとした。

弟の方はなかなか動き出さなかった。誰にも相談せずに、一日中枯れた井戸を上から眺めていたのさ。
すると次の日、弟は井戸の底まで一人で降りて行ったんだ。「こんな時こそ井戸を深くするんだ」なんて言って、一人で底を掘り始めたんだよ。
最初の頃は村人も心配して待っていたんだ。井戸の上からご飯を下ろしてやったり、声をかけてやったりしてね。
恋し合っていた娘もずっと見守り続けていたんだ。

 

ところがそんな日が数日続くと、もう村人も弟のことを心配している余裕もなくなった。何しろ一向に村に水が戻ってこないんだからね。
弟が井戸の底にいる間も、兄はそこらの村を駆けずり回って、水の工面に汗を流していた。そんな姿を見て、村人もみんな兄の方に力を貸すようになった。
やがて兄はこの村に見切りをつけ、他の村にみんなで移住することを提案したんだ。村長も村のみんなもそれに賛成したよ。

 

日が経つにつれ、村人は村からどんどんいなくなっていった。村長もぎりぎりまで粘っていたが、とうとう村を後にした。最後まで残ったのは、恋し合った娘だけだった。
娘はずっと井戸の上からご飯を下ろして、井戸の底の弟に声をかけてやった。でもいつまで経っても返事がないし、井戸から上がってくる気配もない。
娘は何日も何日も弟の帰りを待ったけれど、とうとう弟は帰ってこなかった。
それを見かねた兄が、娘を強引に他の村に連れて行ってしまったんだ。

 

こうして娘はその兄と結婚し、たくさんの子どもを産み、孫にも恵まれる人生を送ったんだよ。

 

「その弟さんは帰ってこれなかったの?」

 

それがね、なんと弟は井戸を奥の奥まで掘り進んで、ついに水の出るところまで突き当たったんだ。
勢いよく溢れ出す水に押し出されて、弟は井戸から飛び出してきたんだそうだ。その時たくさんの金塊が一緒に流れてきたらしいよ。井戸を掘る途中で掘り出していたみたいだね。
これで村も安泰で、村長になってあの恋した娘と結婚できると弟は喜んだんだが、その時はもう誰も村にいなかったんだ。もちろんあの娘もね。

 

「弟さんはそのあとどうしたの?」

 

弟は誰もいない村を後にして、放浪の旅に出たそうな。井戸から飛び出した金塊は、いつか娘がこの村に立ち寄った時に持って行ってもらおうと思って、井戸の横に置いたままにしてね。

 

「その娘さんは悲しくなかったのかな?」

 

死ぬほど悲しかったさ。初めて恋した人とはとうとう結ばれなかったんだからね。
あの時ずっと井戸の前で待っていさえすれば、なんて考えたりもしてね。
でも幸せな人生さ。たくさんのかわいい孫にも恵まれたんだからねえ。

 

「弟さんも幸せだったらいいなあ。」

 

きっとどこかで幸せに暮らしているよ。ほら、今夜は夜空が綺麗だよ。