思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

老師との対話「種蒔き④」

老師

いやはや、ありがとう。君からこんなに長い演説を聞けるとは思っていなかったから、少し驚いてしまったよ。しかし君としては、私を驚かしてやろう、というよりは、早いところ自分の考えを言い切ってしまって、出来る限り速やかにこの場を後にしたいと思っての演説だったのではないかね?

 

若者

見透かされていたようですね。実のところはそうです。いつもならば駅の改札を過ぎている時間になってきましたからね。

 

老師 

君が急ぐのももっともだ。だがね、あれだけの熱意ある演説を聞かされては、こちらも君の熱をうつされて、どうにも収まりがつかなくなってしまうというものだよ。私の熱をおさめてくれるまでは、君をここから去らせるわけにはいかなくなってしまったよ。

 

若者

どうやら私の策は失敗に終わったようですね。さっと火をつけて燃えあげてしまい、急いで跡形もなくしてしまおうとしたのに、実際に私が火をつけた相手は氷から溶け出した起爆剤であり、その下には沢山の火種が眠っていたというのですから。いいでしょう、老師さまの気の済むまでお話させていただきます。それに私自身、先ほどの長演説で体に火が通ってしまい、誰かに無理やり水をぶっかけてもらうか、さもなくば何か他のものに火を移してしまわないと仕方がない気がしているのです。

 

老師

よしきた。それではまず、先程君が指摘してくれた、私の種蒔き人への評価に関する二つの抜け落ちを確認しよう。まず一つは、種蒔き人によって蒔かれる種の種類への言及。もう一つは、種蒔き人が種を蒔く対象となる土地の種類への言及、ひいてはその土地を取り巻く環境についての言及。この二つで相違ないね?

 

若者

はい、確かにそれら二つを挙げさせていただきました。

 

老師

そしてこれらへの言及がない限り、私がある種蒔き人が優れていると言ったり、劣っていると言ったとしても、その評価はまったく不十分なものに過ぎない。なぜならば、優れた種蒔き人と呼ばれるためには、そもそも自分の蒔く種の種類や、種を蒔く土地を取り巻く環境に関する知恵がなければならないから。と、こういうわけだね?

 

若者

そのとおりです。

 

老師

実際のところ、君の指摘は正しいように思われる。というのも、種を蒔くという行為に限らず、およそ人が携わるすべての行為に関して言っても、これから自分が何をしようとしているのか、その行為の先にあるものは何か、など、自分の手持ちとその対象について常に考慮に入れておかなければならないからだ。それを欠いてしまえば、あらゆる行為はすべて運試しで出鱈目で、行き当たりばったりなものになってしまうに違いない。

 

若者

おっしゃるとおりのように思います。

 

老師

そして私は寝ぼけ眼で君の家に押しかけたばかりに、そんな大事なことを忘れていたという有様なのだ。しかしそんな状態でも、私は何かすごいものでも捕まえたような気になって、急いでここまで来たものなのだがね。よければ、ちょうど私が目覚めて、君が指摘してくれた抜け落ちなど気にも留めない状態のときに捕らわれた一つの考えについて、君に話そうか?

 

若者

是非お願いします。そういえばあれほどウキウキした老師さまを見るのは随分と久しぶりでした。どんな考えに捕らわれたのか、お聞かせください。

 

(つづく)