思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

2018-01-01から1年間の記事一覧

誕生日前日の女

女にとっての誕生日とは、自分の価値が目減りしたことを思い知らされる、一年に一度の悲劇である。とりわけその悲劇の前日ともなると、まさにこれから処刑場へと案内される囚人のような心細さと恐怖を感じずにはいられない。 一年前の自分の写真を取り出し、…

公的機関と世間知らず

学校や役所、病院など、ほぼ全ての市民が利用する機関が話題に上がる際、少なからず耳にする言葉が「世間知らず」という言葉である。学校の先生は大学を卒業してそのまま先生になるから世間を知らない、とか、公務員の常識は世間の非常識、とか、病院の先生…

さりげない真実

口元を手で覆ったところで、咳がおさまるわけではない。 耳を塞いでみたところで、とりまく音が消え去るわけではない。 目を閉じてみたところで、瞼の裏を見ないわけにはいかない。 指先で瞼を拭ったところで、涙が止まるわけではない。 手を繋いだところで…

壁の蚊

三カ月前に壁に叩きつけた蚊の死体がまだ残っている。叩きつけた瞬間の姿は、過去見た多くの蚊の臨終の時と同じように、ありきたりでつまらないものだった。切れた弦を垂らすかのように、未練がましく後ろ足をゆっくり伸ばして死んでいった。腹から血を吐き…

葦の就活

何でもよいので、あなた自身を何かに例えてください。 はい、私は葦のような人間だと思います。 どうして葦なんでしょうか。 はい、踏みつけられても折れることなく、どんなことにも耐えていける人間だと思うからです。 それについて具体的なエピソードはあ…

「木林森」1限目

一年二組の小川先生は黒板に「木」を書いた。 「皆さんはこの漢字を知っていますか。」 40人いるクラスメイトの半分くらいが手を真っ直ぐ天井に向けて挙げた。皆が口を同じ形に横に引き伸ばしながら「き」「き」と叫び出した。 「じゃあゆうやくん」 手を挙…

うり坊の甘噛み

田舎のとある飯屋の軒先に、一匹のうり坊が頑丈な一本の赤い綱で繋がれているのを見た。そういえばどうしてうり坊はうり坊と呼ぶのだろうかとぼんやりと、そういえばうり坊のうりとはなんなのだろうかとまたぼんやりと考えながらじっとうり坊を見ていると、…

シュパンヌンク

シュパンヌンクとは日常に溢れたものである 今ここでキーボードを叩いている指先の感覚、これはシュパンヌンクである ベランダから差し込む光と、その光により生み出されるカーテンの淡い影を視覚で捉える、これもシュパンヌンクである 昼飯前の腹の鳴りと収…

遺跡を求める者

あの家の下、あのスーパーの下、あのビルの下には何が眠ってるんだ。絶対何かあるよな。あそこで発掘調査をしてる。小学校の運動場くらいの面積か。そうだ全部そんな風にすればいいんだよ。全部調査だ調査。全部の建物ぶっ壊して、そこかしこの土全部掘り返…

ポーチの女の子

丸太の腰掛けに家族三人が座ろうとしている。父と子ども二人である。小さい方の男の子が、勢いよく丸太に腰を落として背中から転げ落ちる。少し頭を打ったようである。後ろで座っている中年女性が、ああ、と言って心配そうな顔をする。男の子は泣き出そうと…

とある史学科教授の挨拶

20○○年4月○日 某大学にて 皆さんこんにちは、ご入学おめでとうございます。私は史学科で主に西洋史を研究しとります●●です。皆さんどうぞよろしくお願いします。 僕は皆さんが史学科に入ってくれてすごく嬉しいです。だって皆さんは、僕が愛してやまない史学…

パンドラと希望

パンドラというのは、ギリシャ神話に登場する女の名です。彼女は開けてはならない瓶の蓋を開けてしまい、あらゆる厄災が世界中に広がりました。しかしその瓶の底にはただ一つ、「希望」が残っていたということです。これが人の持ちうる最後のもの、どれほど…

高校野球の観客

高校野球には独特の熱気がある。テレビ中継で見ているだけでは、実際の熱気の10分の1程度も味わうことはできないだろう。高校野球はライブ感の極みなのである。 この熱気が最高潮に達するのは、9回の逆転がなるかどうかという瀬戸際の場面である。勝負の緊張…

老師との対話「種蒔き⑤」

老師 僕が見た夢には続きがあるんだよ。 夢の中で種蒔き人が種を蒔き終わると、驚くべき早さで季節が移り変わり始めた。春は心地よく、夏は蒸し暑く、秋は涼しく、冬は寒かった。それぞれの季節が種を育んだ。季節のもたらす風や光は、時にはきびしく、時に…

居眠りの反省文

先生、今日は授業中に寝てしまってごめんなさい。次からは絶対に寝ないようにします。ごめんなさい。でも、謝るだけだと、ただ夜更かししたダメな子どもだと思われそうなので、わたしなりの理由を書いておきます。 わたしのお母さんは毎日夜遅くまでお仕事が…

ガラスに手を触れないでください

美術館ではお馴染みの注意書きである。作品保護のためには、まず作品を保護するガラスから保護しなければならない。 普段美術館に行かないようなファミリーが何かのイベント開始までの時間潰しに展示室に押し寄せ、子供がベタベタと汗まみれの手をガラスにご…

昼下がりのテレビ「すこやか診断」

みなさん、こんにちは!大人気コーナー、すこやか診断のお時間です! お仕事中のサラリーマンも、お昼寝中の奥様方も、どなたも片手間耳だけ貸して!日頃の鬱憤掴んで投げろ!夢のひと時あなたと共に! というわけで今日はこちら!穴埋め性格診断です! これ…

女の歳

[31歳] 自分の年齢を示すような数字には敏感である。 カレンダーを見ると、1から31まで数字が振られている。19日までの日付を見ても、自分には全く関係のないものに思われる。しかし、20日から先は違う。この20という数字からは、汚してはならない神聖な光…

花嫁の日記

○月○日 今日は初めて彼をお父さんに紹介した。お父さんは黙って突っ立ってただけ。 彼の家柄の話をしても、「金持ちの相手はできへんで」って何度も言う。うちだって普通の家庭なのに。 ○月○日 彼のご両親との初顔合わせ。都内のホテルで。お父さんはスーツ…

嵐が丘への感謝

私が愛する小説の一つに、エミリー・ブロンテがこの世に残してくれた唯一の長編小説、「嵐が丘」がある。 この作品を初めて読み終えた時、落雷に脳天を貫かれるような衝撃があった。形容しがたいあるものが身体を通り抜けたと感じた。しかしそれが何なのかわ…

鳩の拾い食い

夏に向けて日に日にその力を蓄えつつある太陽が、一切の雲を寄せ付けずカラリと輝いていた。街のアスファルトには、晴れ晴れとした陽気な休日を存分に楽しもうと外へ出てきた人々の影が、あちらこちらに行ったり来たり、伸びたり縮んだりしていた。主人と寄…

追想夜

夜には一人で歩いた。別に邪魔するやつもいなかった。あの門はいつも開いている。ここには門限なんてないんだ。お、あんたは今帰りかい。名前も特に知らないけど、きっかけさえあれば知ってたかもしれないし、もしかしたら今日一緒に出歩いてたかもしれない…

休み時間「ドッヂボール」

小学生が持つ休み時間への熱意というものは、実に驚嘆すべきものである。定時退社の瞬間に人生の楽しみと優越感を凝縮させる大人でも、あれほどの疾走感と勢いを持ってチャイムと同時に走り出すことはできない。大人であれば諸々の事情により、たとえ定時で…

おばあちゃんと自転車

ある日、70代か80代かのおばあちゃんが、その年齢の女性が出し得る最高速と言ってもいいほどのスピードで、交差点に向けて自転車を走らせていた。東西を走る道路側の信号が点滅しており、おばあちゃんが到着した頃にはもう完全に赤になってしまった。しかも…

ハンカチの玉座

一人住まいの女がベランダから顔を出すと、目線の下に、見慣れた工場のトタン屋根を確認することができた。元々灰色だったトタンが錆びついて茶色になったのか、錆びついたトタンを上から灰色に塗ったのか、それも判別できないほどに茶色と灰色が入り混じり…

足組み

多くの勤め人が帰路につく電車の中でのことである。 車内は満員御礼というわけでもなく、向かい合わせに並べられた座席シートには、およそ人一人分の間隔を空けて、示し合わせたようにお互いの領域を守り合いながら、一日の勤めを終えて疲れた人々が座ってい…

品定め

スーパーの惣菜売り場で、とある主婦が商品を手に取り、夕食をどうするか考えていた。 彼女が気になったのは、一本の巻き寿司であった。透明のプラスチック容器に入れられた巻き寿司は、外見からその全貌を目で見て確認することができた。彼女は巻き寿司を手…

ガールズトーク「落とし物」

女子高生A 今日マジ最悪だったんだけど。 女子高生B どしたん? 女子高生A 今日さあ、朝コンビニでおにぎり買って電車乗ろうとしてたの。急いでてさあ、だからおにぎりポケットにつっこんで走ってたんだけど。そしたらさあ、定期出そうとしておにぎりポケッ…

屋根の上の小鳥たち

工場の屋根にとまる小鳥の群れを見た。下から見上げる限りでは、屋根の縁にとまる姿しか確認できなかった。おそらく雀だろうが、それすら定かではない。 彼らが騒がしく鳴く声が聞こえる。いや、騒がしいと感じるのは、心にゆとりのない者だけだろう。そうで…

老師との対話「種蒔き④」

老師 いやはや、ありがとう。君からこんなに長い演説を聞けるとは思っていなかったから、少し驚いてしまったよ。しかし君としては、私を驚かしてやろう、というよりは、早いところ自分の考えを言い切ってしまって、出来る限り速やかにこの場を後にしたいと思…