思考のかけら

日々頭に浮かんだことを、徒然に雑然と書いていきます。

老師との対話「種蒔き⑤」

老師 僕が見た夢には続きがあるんだよ。 夢の中で種蒔き人が種を蒔き終わると、驚くべき早さで季節が移り変わり始めた。春は心地よく、夏は蒸し暑く、秋は涼しく、冬は寒かった。それぞれの季節が種を育んだ。季節のもたらす風や光は、時にはきびしく、時に…

居眠りの反省文

先生、今日は授業中に寝てしまってごめんなさい。次からは絶対に寝ないようにします。ごめんなさい。でも、謝るだけだと、ただ夜更かししたダメな子どもだと思われそうなので、わたしなりの理由を書いておきます。 わたしのお母さんは毎日夜遅くまでお仕事が…

ガラスに手を触れないでください

美術館ではお馴染みの注意書きである。作品保護のためには、まず作品を保護するガラスから保護しなければならない。 普段美術館に行かないようなファミリーが何かのイベント開始までの時間潰しに展示室に押し寄せ、子供がベタベタと汗まみれの手をガラスにご…

昼下がりのテレビ「すこやか診断」

みなさん、こんにちは!大人気コーナー、すこやか診断のお時間です! お仕事中のサラリーマンも、お昼寝中の奥様方も、どなたも片手間耳だけ貸して!日頃の鬱憤掴んで投げろ!夢のひと時あなたと共に! というわけで今日はこちら!穴埋め性格診断です! これ…

女の歳

[31歳] 自分の年齢を示すような数字には敏感である。 カレンダーを見ると、1から31まで数字が振られている。19日までの日付を見ても、自分には全く関係のないものに思われる。しかし、20日から先は違う。この20という数字からは、汚してはならない神聖な光…

花嫁の日記

○月○日 今日は初めて彼をお父さんに紹介した。お父さんは黙って突っ立ってただけ。 彼の家柄の話をしても、「金持ちの相手はできへんで」って何度も言う。うちだって普通の家庭なのに。 ○月○日 彼のご両親との初顔合わせ。都内のホテルで。お父さんはスーツ…

嵐が丘への感謝

私が愛する小説の一つに、エミリー・ブロンテがこの世に残してくれた唯一の長編小説、「嵐が丘」がある。 この作品を初めて読み終えた時、落雷に脳天を貫かれるような衝撃があった。形容しがたいあるものが身体を通り抜けたと感じた。しかしそれが何なのかわ…

鳩の拾い食い

夏に向けて日に日にその力を蓄えつつある太陽が、一切の雲を寄せ付けずカラリと輝いていた。街のアスファルトには、晴れ晴れとした陽気な休日を存分に楽しもうと外へ出てきた人々の影が、あちらこちらに行ったり来たり、伸びたり縮んだりしていた。主人と寄…

追想夜

夜には一人で歩いた。別に邪魔するやつもいなかった。あの門はいつも開いている。ここには門限なんてないんだ。お、あんたは今帰りかい。名前も特に知らないけど、きっかけさえあれば知ってたかもしれないし、もしかしたら今日一緒に出歩いてたかもしれない…

休み時間「ドッヂボール」

小学生が持つ休み時間への熱意というものは、実に驚嘆すべきものである。定時退社の瞬間に人生の楽しみと優越感を凝縮させる大人でも、あれほどの疾走感と勢いを持ってチャイムと同時に走り出すことはできない。大人であれば諸々の事情により、たとえ定時で…

おばあちゃんと自転車

ある日、70代か80代かのおばあちゃんが、その年齢の女性が出し得る最高速と言ってもいいほどのスピードで、交差点に向けて自転車を走らせていた。東西を走る道路側の信号が点滅しており、おばあちゃんが到着した頃にはもう完全に赤になってしまった。しかも…

ハンカチの玉座

一人住まいの女がベランダから顔を出すと、目線の下に、見慣れた工場のトタン屋根を確認することができた。元々灰色だったトタンが錆びついて茶色になったのか、錆びついたトタンを上から灰色に塗ったのか、それも判別できないほどに茶色と灰色が入り混じり…

足組み

多くの勤め人が帰路につく電車の中でのことである。 車内は満員御礼というわけでもなく、向かい合わせに並べられた座席シートには、およそ人一人分の間隔を空けて、示し合わせたようにお互いの領域を守り合いながら、一日の勤めを終えて疲れた人々が座ってい…

品定め

スーパーの惣菜売り場で、とある主婦が商品を手に取り、夕食をどうするか考えていた。 彼女が気になったのは、一本の巻き寿司であった。透明のプラスチック容器に入れられた巻き寿司は、外見からその全貌を目で見て確認することができた。彼女は巻き寿司を手…

ガールズトーク「落とし物」

女子高生A 今日マジ最悪だったんだけど。 女子高生B どしたん? 女子高生A 今日さあ、朝コンビニでおにぎり買って電車乗ろうとしてたの。急いでてさあ、だからおにぎりポケットにつっこんで走ってたんだけど。そしたらさあ、定期出そうとしておにぎりポケッ…

屋根の上の小鳥たち

工場の屋根にとまる小鳥の群れを見た。下から見上げる限りでは、屋根の縁にとまる姿しか確認できなかった。おそらく雀だろうが、それすら定かではない。 彼らが騒がしく鳴く声が聞こえる。いや、騒がしいと感じるのは、心にゆとりのない者だけだろう。そうで…

老師との対話「種蒔き④」

老師 いやはや、ありがとう。君からこんなに長い演説を聞けるとは思っていなかったから、少し驚いてしまったよ。しかし君としては、私を驚かしてやろう、というよりは、早いところ自分の考えを言い切ってしまって、出来る限り速やかにこの場を後にしたいと思…

強風と少年

とても風の強い日のことです。ある心優しい少年が一人で街を歩いていました。 歩道の脇には、強風に倒された自転車が沢山地べたに寝そべっていました。周りには沢山の人が歩いていたのですが、誰一人として自転車を起こそうとはしません。少年は不思議に思い…

女たちのバレンタイン

明美の働く部署は、男性2人に女性3人の、合計5人で構成されている。その女性のうちの1人が、ここでは係長を務めている。もう1人の女性は、明美より2年先輩の、智子である。そして明美は、去年の春に入社したばかりの新入社員である。 2月14日のことである。…

老師との対話「種蒔き③」

若者 はい、まだあります。抜け落ちていた第二の点は、その種が蒔かれる土地の種類への言及です。 先程は種の種類について触れましたが、それら多種多様な種と同様に、種を受け取る土地もまた多種多様であるということです。 一口に土地と言いましても、それ…

老師との対話「種蒔き②」

老師 どんな重大な点を見落としていただろう? 若者 それを取り上げる前に確認しておきたいのですが、種蒔き人によって蒔かれる種というのは、まさしく教育者が施す知恵のようなものと考えて間違いないでしょうか? 老師 もちろん私もそのように考えているよ…

老師との対話「種蒔き①」

老師 おはよう。こんな朝早くに呼び起こして申し訳ないと思っているんだが、取り急ぎどうしても君の意見を聞きたくなったのだ。今すぐでなければ、私の考えが頭からするりと逃げ出してしまいそうなのだ。 若者 おはようございます。珍しいこともあるものです…

老師との対話「砂つぶ」

若者 老師さま、私には悩みがあるのです。 老師 何でも話してくれたまえ。年寄りの一番の楽しみは、若い人の話し相手になることなのだから。 若者 ありがとうございます。最近特に思うことがあるのです。それは、私は結局何者にもなれないのではないか、とい…

マンホール

よく雨が降った日の翌日のホームルームで、太郎の在籍する3年2組の担任教師である南は、いつも生徒に見せる和やかな笑顔を浮かべながら全員に向かって話した。 「昨日はすごい大雨でした。土砂降りで洪水のような日は、マンホールが開いてしまうこともありま…

初詣

年が明けて頭に浮かぶ共通の大行事としては、初詣がまず挙げられる。日頃は信心深くない大多数の日本人も、この時期は皆で示し合わせたかのように神を信じるか、信じているような気になる。 よしんば全く神を信じていなくとも、初詣という行為自体に意味を見…

年の瀬の街並み

急ぐ車。普段の通勤時間に見られるような飛ばし方ではない。嫌々ながら走っているわけではない。向かう先に早く着きたいという、喜ばしい期待感にあふれている。窓越しに見える車内の顔も、優しくほころんでいるようだ。 郵便局。年内に郵便窓口に駆け込む人…

昔話 井戸を掘る男

「おばあちゃん、何かお話して。」 こっちへおいで。昔話を聞かせてあげようね。 昔あるところに、二つの井戸を持つ村があったんだ。どちらの井戸も村長さんのものでね、それぞれが二人の息子達に一つずつ管理されていたんだ。 兄も弟も村人達に慕われて、ど…

しらない人にもあいさつしよう そしてそのままさよならしよう

小学校の校区の一画には、「しらない人にもあいさつしよう」という立て看板が置かれていることがある。どんな人とも挨拶をして、地域の人々との繋がりを大切にしようというわけである。物怖じせずにコミュニケーションを取れる子供を町ぐるみで育てたいので…

サンタさんの職質

こんなところで何を? 「見ればわかるでしょう、子供たちにプレゼントを配ってるんですよ。」 お仕事は何を? 「今はしてませんよ。どうでもいいでしょうそんなこと。」 ご家族の方は? 「一人ですよ。それ以上は聞かないでください。」 この辺りに住んでお…

糸電話

ボタンを押せばすぐにつながるあの人とさえすぐに話せる 最後の一桁がいつも押せない怯えて一からやり直す 頭の中では何度も話したあとは口に出すだけ簡単なこと 通じると思えば辛くなるいっそ無理ならどれだけ楽か 私の糸はほんとにあるのかほんとに誰かと…